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サーベイランスを活用して 針刺し・切創対策とコストを考える

職業感染対策実践レポート Vol.1
2004年発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

季刊誌Ignazzoでは、職業感染対策の実践的な内容をご紹介することで、実践に役立つ情報を提供していきたいと考えています。第1回ではサーベイランスを活用して針刺し・切創対策を考えるための基本的な情報を、次号からは「実践レポート」として、各施設での職業感染対策の実践的なノウハウをお伝えしていきたいと考えています。

針刺し・切創のサーベイランスシステム

 エピネットは、1991年米国バージニア大学のJanine Jagger(ジェニーン・ジェーガー)教授:Directorof International Health Care Worker Safety Center(国際医療従事者安全センター長)によって開発され*、1992年ベクトン・ディッキンソン社のサポートによりコンピュータープログラムを含むサーベイランスシステムとして普及し始めました。現在、米国の1,500以上の医療機関が導入し、イタリア・カナダ・スペイン・イギリス・ブラジル・オーストラリア・ニュージーランド・台湾、そして日本など、世界的に活用されています。

*http://www.med.virginia.edu/medcntr/
centers/epinet/
さらに、2000年11月クリントン大統領の署名によって制定されたFederal Needlestick Safetyand Prevention Act(針刺し安全予防連邦法)など、医療従事者を感染から守るための立法化に大きく貢献しました。
(https://www.bdj.co.jp/safety/)

エピネットの実際

 エピネットは、2種類の事故報告書(A.針刺し・切創報告書、B.血液・体液汚染報告書)と、報告書のデータを入力・解析するコンピュータープログラムによって構成されています。針刺し切創発生のメカニズムを正しく把握することで、適切な予防対策が導き出されますが、感染リスクの高さなどから、「A.針刺し・切創報告書」で得られたデータの分析と報告が多くなされています。「A.針刺し・切創報告書」は次の18の設問で構成されており、3.〜16.の14設問は、該当する項目にチェックすることで、事故の実態を正確に把握することができるシンプルな書式です。

日本での普及

 エピネット日本版は、厚生科学研究費補助金エイズ対策研究事業として平成9年度からHIV感染に関する臨床研究において実施されたエイズ拠点病院における針刺し・切創事故調査(主任研究者:木村哲)の報告書として使用され、3年間で11,798件の事故が解析されました。
 さらに、厚生労働科学研究費補助金特別研究事業として「医療従事者における針刺し・切創の実態とその対策に関する調査」(主任研究者:木村哲)が実施され、平成14年度の研究報告書では、エイズ拠点病院における1996年〜2000年(5年間)の針刺し・切創について延べ921病院の20,007件の事例をエピネット日本版を用いて解析し、次のように報告しています。

針刺し・切創事故とコストの考え方

 2000年3月、CDCは、使用された器材の種類や操作方法によるものの、62〜88%の針刺し・切創事故が安全器材によって防止可能であると推定し、2001年4月から施行されている針刺し予防安全連邦法では安全器材の使用を義務付けています。(https://www.bdj.co.jp/safety/index.html)
このように針刺し対策として、耐貫通性廃棄容器や安全器材の導入の有効性は数多く報告されていますが、新たに導入する場合に発生するコストをどのように考えるかが重要な課題として挙げられています。
 エピネットには、実際にそれぞれの事故に要したコストを算出して、中空針及びランセットの30器材についてはすでに使用可能な安全器材による事故防止で削減可能となるコストが自動計算されるプログラムがあります。このプログラムでは、「輸液ラインのアクセスに使用した金属針」と「ランセット」による針刺し事故は、それぞれ「ニードルレスシステム」と「引っ込むタイプのランセット」によって100%防止可能と推定されており、他の器材については、患者への使用後に発生した事故が防止可能な事故として推定されています。

エピネットによって算出された安全器材導入により削減可能と推定される費用

 この報告では、針刺しなどが発生した際のフォローアップにかかるコストを、1件あたり97,307円という院内データに基づいて試算していますが、感染した場合の治療費用は含まれていません。実際に、針刺し事故によってHCV陽転した場合のコストとしては、検査費、入院ベッド費、肝生検費、インターフェロン費、その他の費用を合わせると、1例で合計約310万円という報告があります。エピネットを活用して、発生している事故の実態を正確に把握することで、安全器材などを導入するコストベネフィットを事前に推定したり、導入後に評価したりすることができます。

参考文献
1) 細見由美子: EPINetTM(エピネット)【1】.
 INFECTION CONTROL Vol.6 No.1, 99-106, 1997

2) 細見由美子: EPINetTM(エピネット)【2】.
 INFECTION CONTROL Vol.6 No.3, 81-87, 1997

3) 木戸内清, 青木眞, 岡慎一, 木村哲: 平成11年度厚生科学研究費
  補助金エイズ対策研究事業, 針刺し事故の現状と対策: 1996〜1998
 (3年間)のエイズ拠点病院における針刺し・切創事故調査結果.

4) 木戸内清, 木村哲: 平成14年度厚生労働科学研究費補助金
 厚生労働科学特別研究事業, 針刺し・切創の現状と対策: エイズ
 拠点病院における1996年〜2000年(5年間)の針刺し・切創.

5) 洪愛子, 高野八百子, 沼口史衣, 工藤友子, 廣瀬千也子, 木戸内清,
木村哲: 平成14年度厚生労働科学研究費補助金
 厚生労働科学特別研究事業医療従事者における針刺し・切創
 の実態とその対策に関する調査.

6) 浦野美恵子、矢野邦夫、他: 県西部浜松医療センター医療従事者に
 おける針刺し切創事故に関するサーベイランスとコスト試算,
 環境感染Vol.12 no.2,1997.

7) 島崎豊: 針刺し事故とコスト, INFECTION CONTROL’99V.
2000年11月6日クリントン大統領(当時)による針刺し安全予防法署名式
(右肩がジェーガー先生)Photo Credit: David Scull, White House Photo