歴史的なBDの時計文字盤を学校に寄贈

Maxwell BectonとFairleigh Dickinsonは、1906年に事業所をニューヨーク市からニュージャージー州イーストラザフォードへと移転する際、工場設備の建設と将来的に見込まれる拡大分も考慮して土地を購入しました。間もなく拡大が必要となり、新しく建設した南の塔に設置する機械時計のデザインと製作をコネチカット州トンプソンのSeth Thomas Clock Companyに依頼。鉄とガラスでできた直径約3メートルの文字盤を4つ持つ時計が完成しました。この時計塔が周辺地域のランドマークとなるのに時間はかかりませんでした。

1969年、悲惨な火事で地域の高校が消失してしまったことを受けて、BDは所有する未開発の土地の一部を新しい学校の建設のために地域の教育委員会に寄付しました。このとき建設された学校の名前は、BD執行委員会会長でありBD創立者Maxwell Bectonの息子であるHenry P. Bectonにちなんだものです。
数年後、BDが本社を移転し、伝統の時計塔が解体されることになりました。その時、Becton高校は2千3百万ドルをかけた拡大計画を実施し、BDの施設にあった4つの時計文字盤の1つが学校に寄贈されて近代的な時計塔に設置されました。2014年10月26日、高校の増設部分の外れで開催された落成式には、教育担当官、歴史家、およびBD幹部を含めた80名以上が参加し、BDにとって1992年までホームタウンだった街とBDとのつながりを象徴するこの新しい時計塔が除幕されました。
Vince Forlenza写真

BDCEO兼社長であるVincent Forlenzaは、
「このBDとイーストラザフォードの象徴を学校の顔として設置していただいたことは会社にとって大きな名誉です。Hank Bectonは、生きていれば今月で100歳になります。この文字盤を設置することで、彼の思い出ならびにBecton家とDickinson家がイーストラザフォード、ニュージャージー州、そして世界へ果たした貢献を称賛するというのはすばらしいことです。」
と語りました。
Henry P. Becton, Jr.写真
また、Henry Becton, Jr.は式でのメッセージの中で、時計塔が地域の人々にとって常に心の拠り所であったと話しました。
「イーストラザフォードや私の父の名前が付けられたこの学校と我々とのつながりは、私の家族にとって常に非常に大きな意味を持っていました。BDの時計がこの見事な建物に設置されることは、父にとってはこの上ない喜びであることでしょう。これは、父がこよなく愛した人々と地域の象徴であるというだけでなく、質の高い学校教育の重要性に対して父が強い信念を持っていたからに他なりません。このような形で父に敬意を示してくれたことに感謝いたします。」
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